第02話 「そこにある死」

「よぉ、良希、今日も重役出勤かよ」
 良希が教室の前の扉を開けて中に入るなり、大澤大地が言った。
「こら、十分以上も遅刻だ。早く席へ着け」
 物理の黒田先生が言った。古くさい眼鏡をかけた小柄な男である。
「あれ? 先生、水曜の一時間目ですよ?」
「時間割が急きょ変更になったんだ。いいから早く席に着け。受験の大事な時期に、お前一人のために授業を遅らせるわけにはいかないんだからな」
 ひ弱そうで小柄な黒田先生が言っても、説得力がない。だが、確かに授業を停止させているのは事実だ。
受験受験と殺気立っている生徒が多いこの時期に、あえて反抗する気はなかった。
「へいへい」
 言いながら良希は着席し、授業が再開する。ふと窓側にひとつ空席があることに気がついた。
 ……下条ちづるの席だ。
 良希は眉をひそめた。彼の脳裏に、記憶の断片がよみがえる。
   
 路地裏の暗がりでたった二人きり、怪物に変身する自分、それを驚愕の表情で見つめるちづる……。
 ……今回のガイシャはよ、必死に逃げた痕跡があったのさ。町工場が林立する人通りの無い場所から必死に逃げて、逃げて、逃げて、 あともう少しすれば人通りのある路地まで出られるというところまで来て、ヤツに殺されちまったんだよ。
   
 血の気が引くのが自分でもわかった。怪物が、下条ちづるを襲ったのだ。そして、あの夢の中では、自分は間違いなくあの異形の怪物だった。
 だが、夢の中では思わぬ邪魔が入った。正義の味方気取りの変な女だ。名前は何だったか……思い出せない。いや、名前はどうでもいい。
夢では正義の味方が怪物を打ちのめしたはずなのに、なぜ下条ちづるは助からなかったのだ?
「……いや」
 馬鹿馬鹿しい。どうかしている。
 昨日の変な夢にたまたま下条ちづるが登場し、たまたま夢の舞台が岸崎銀座街の裏通りで、今朝たまたま岸崎銀座街で事件現場に遭遇し、
今日はたまたま下条ちづるが学校を欠席しているというだけのことではないか。
 それを勝手に結びつけて思考してしまうなんて……本当にどうかしている。
 
 良希はその日の午前中の授業では、全然集中できなかった。
やはり、どれだけ振り払おうとしても、夢のことと今朝のこととが頭から離れなかったからである。
 だが、集中できないのは良希だけの問題ではないようだった。先生達もどうも教えることに身が入っていないようで、
どこか意識が散漫な印象なのである。
 良希は今日の時間割が大きく変わっている事も気になっていた。主任級の先生が授業から外れている点を考えれば、
校長・教頭ら管理職と何らかの緊急の話し合いを持っているのかもしれない。
 しかしそれは例の、朝遭遇した事件とは何の関係も無いのかもしれなかった。
例えば校内の不良が他校生と揉めて 警察沙汰にでもなったときなんかでも起こりうる展開でしかないのだ。
 だが良希が抱いていた希望が裏切られるのは、そう遠い未来ではなかった。
   
 それは、お昼休憩を知らせる四限目終了のチャイムが鳴り終わった後のことだった。教頭の声で放送が流れたのである。
「お知らせします。緊急集会を行いますので、全校生徒は至急、グラウンドに集合しなさい。もう一度繰り返します。緊急集会を行いますので、
全校生徒は至急、グラウンドに集合しなさい」
 いつもチャイム直後に良希と一緒に購買に走る大澤大地が、財布を握りしめたまま良希に言った。 
「どうなってんだ? 緊急集会だってよ。メシはどうなるんだメシはッ!」
 良希も食事量は多い方だが、彼も負けてはいない。二人とも、持参の弁当を早弁した上での購買での食料購入である。
「集会でメシの時間潰されたら、俺は五時間目に堂々と食うからな!」
「集会で時間潰されなくても堂々と食うだろお前は」
   
 緊急集会のためにグラウンドに集まった生徒達のあいだに、様々な憶測の声が飛び交っていた。
どれもこれも突飛な意見ばかりではあったが、一種不思議な盛り上がりを見せていた。
「良希、お前は何のための緊急集会だと思う?」
 大澤大地が言った。
「え、そ、それは……」
 思わず目を泳がせ、良希は一瞬言葉を詰まらせた。そんなスキを見逃す大地ではない。
「ははーん。お前、昨日万引きでもやらかしたな?」
 大地が物知り顔で頷く。
「ば、ばか! そんなわけねぇだろッ!」
「ムキになるところが怪しい」
「コイツ!」
 良希は大地の頭に拳骨を落とした。冗談半分だったが、ついつい力が入る。
「痛ってーッ! お前万引き犯の上に暴力沙汰かよぉ!」
 大地が大きな声で大げさに痛がった。
「シーッ! 声がでかいって」
 良希が大地の口を塞いで黙らせたものの、もはや手遅れだった。周囲の女子生徒たちは良希を横目でジロリと見据えながら、
近くの子たちと何やら囁きあっていた。
「最低だよ、大地……」
「イヒヒヒヒヒッ……悪い悪い。」
「……で、お前はどう思うんだ?」
 良希はため息をひとつ漏らしてからたずねた。
「ん? だからお前が万――いでッ!」
 今度は言い終わるより早く、良希の膝が大地のケツに決まっていた。
「……しつこい」
 やがて、校長が演台へと上がった。それ以外の教職員は、生徒達の列を取り囲むようにして立っている。
 騒ぎ声は、校長が演台にあがったことで徐々に静まっていった。大地も空気を察し、列の中の自分が並ぶべき場所へと戻っていった。
 静寂がグラウンドを支配するのを待ってから、校長は咳払いをひとつし、穏やかな口調で話し始めた。
「今日は、皆さんに悲しいお知らせをお伝えしなければなりません」
 校長の第一声を聞いた時点で、良希はめまいを覚えた。
 良からぬ想像が脳裏を過ぎったためである。次の言葉を発しようとする校長の唇の動きを、固唾を呑んで見守った。
 思い込みであってくれ、思い込みであってくれ、思い込みであってくれ。
「……今朝、本校に三年二組の下条ちづるさんの訃報が届きました」
 フホウという響きが何を意味するのか、多くの者が一瞬理解できなかったが、次の瞬間には良希の並んでいる三年二組の列が大きくざわめき、
その波が全校生徒へ伝播した。
「下条さんが?」
「ウソだろ!」
「ちづるが? 何で? 昨日は普通に学校来てたじゃない!」
 口々に皆が囁きあう。
「静かにッ!」
 生指担が大きな声を上げると、一同は静まった。たった一人を除いては。
「ち、ちづるが! うそだぁぁぁぁぁぁ!」
 真っ白な良希の頭にも、その声は聞こえた。
 良希は声の方向――三年二組の列の前方を見た。秋山圭吾が発狂したかのようにうろたえているのが見えた。
「あいつ、そういえばよく下条ちづるのそばにまとわりついていたよな。ふたりって、つきあっていたのか?」
 誰か男子生徒が囁くのが聞こえる。
 秋山圭吾の狼狽ぶりがあまりにも壮絶で、さすがに異常であると察した付近の数人の教員が彼を抑えた。
 そこに氷室冴子が駆けつけ、彼にひと言ふた言声を発した。だが、彼は訳のわからない言葉を叫ぶのをやめなかった。
 その後、冴子は彼を抑える教員たちに声をかけ、保健室に運ぶよう指示を出したようだった。
 数人の先生に引きずられ、圭吾は校舎の中へと消える。
「…………」
 良希は、圭吾がパニックを起こしているところを目にしたから冷静でいられたが、もし圭吾がああなっていなかったら、
ちづるの訃報を聞いてパニックを起こしたのは自分かもしれないなと思った。
 心臓は、今なおバクバクと音を立てて、破裂しそうな状態だった。
「皆さんも混乱しているでしょうが、集会を続けます」
 圭吾が校舎内に消えゆくのを最後まで眺めていた校長が、再び口を開いた。良希はもうそれ以上何も聞きたくないと思った。
校長の口から出た言葉は、良希をズタズタに切り裂く刃物のようであった。
「亡くなった下条ちづるさんについてですが、事故や病気ではなく、何らかの事件に巻き込まれて亡くなったという報告を、
警察の方からいただいております」
 そこでまた大きなざわめきが起こり、良希は最後の希望が無くなるのを感じて意識が遠のくのを感じた。
 事件という響きからは、例の商店街での人だかりしか連想できなかった。心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
 だが校長が口から発する言葉は、何の容赦もなく良希に突き刺さった。
「本日未明、岸崎銀座街で遺体が発見され、所持品や制服などからそれが本校の下条さんの遺体であると判明したそうです」
 良希の目の前の景色が大きく揺らいだ。視界に入るすべてのものが色あせ、次の瞬間、全身の力が抜けていくのがわかった。
 やっぱり、昨日の夢って――
   
 ──その後、集会では下条ちづるへの哀悼の辞が述べられ、黙祷が捧げられた。
 黙祷が終わると、昼からの授業と部活動の中止と即刻の全校一斉下校が通達された。
下条ちづるを殺した犯人がまだ近辺をウロついている可能性があるため、一斉下校は万全を喫しての措置ということらしい。
 下条ちづるの一件において、保護者対象の事実関係説明会が午後に開催されるというプリントが配布され、全校生徒はほどなく帰路についた。
   
 ガタンガタン……ガタンガタン……
 頭上で音が聞こえたので、良希は思わず頭を上げた。
 高架を渡る電車が、彼の顔に光と影を交互に落とし込んだ。昼の日差しに思わず目を細める。
 ――なぜ俺は、こんなところにいるのだろう?
 ガタンガタン……タン……
 電車が通り過ぎ、辺りには静寂が戻る。
「ゆ、赦して……」
 そのほんのひとときの静寂は、蚊の泣くような声が破った。
 声は良希の足下から聞こえたので、彼はゆっくりと顔を足下に向ける。
 そこには、やつれた女がいた。
 リクルートスーツに身を包んだ女性が良希の足にすがりつき、懇願する目で彼を見つめていた。
「お願い、もう赦して」
 もう一度そう言う女は全身が砂埃で汚れていて、溢れ出る涙で化粧が崩れ、とても正視できるような状態ではない。
「…………」
 良希は冷酷な目で女を見下ろした。
「……醜い」
 彼の口から、ため息にも似た言葉がこぼれ落ちる。彼は頭を振った。
「実に醜い」
 女は泣きながらも訴えた。
「お、お願いよ、私が何したって言うの?」
 良希はニヤリと笑った。
「今日は少々虫の居所が悪い。そんなときにたまたま道でテメェとすれ違った。テメェのすました顔見てたら、
ちょっといたぶってやりたくなったんだよ」
「そ、そんな……」
「昨日の女だってそうだ。たまたま夜道で出会った。それだけだ。それがアイツの不幸。そして今日、
お前はたまたま俺とすれ違った。それがお前の不幸」
 良希は女の長髪を掴んで引き起こした。
「い、いや!」
「くだらねぇ。もう少し抵抗でもしてみたらどうだ?」
 良希は髪を掴んでいるのと反対の手で、女を張り飛ばした。
 女の身体は二メートルほど離れた地面に転がり落ちる。
 突っ伏した女が顔を起こす。
「た……助けてぇぇぇ」
 懇願する女のその顔からは、だらだらと止めどなく鼻血が流れ出ていた。
「醜い」
 良希は右手を怪物の手に変化させた。
「ひ、ひいぃぃぃぃぃッ!」
「話題のリカントロピーってヤツだよ。こうして怪物に早変わりさ。もちろん、見た目だけじゃなく威力もこのとおり」
 ガタンガタン……ガタンガタン……
 ふたたび頭上から、列車が高架の上を渡る音が聞こえはじめた。
 良希は怪物の右腕を大きく振り上げると、それをスレッジハンマーのように振り下ろして、いともたやすく女の手を砕いた。
 ガタンガタン……ガタンガタン……
 女の苦悶の絶叫は、列車のたてる音量には到底およばない。
 良希は表情ひとつ変えぬまま、もう一度右腕を大きく振り上げると、今度は女の反対の手にも振り下ろした。
 女の手は、地面の上で奇妙で巨大な押し花のようになっている。
 ガタンガタン……ガタンガタン……
 地面の上をのたうち回る女の腕は、あり得ない不気味なふらつき方で身体の動きに追随している。
 それを見て、良希はケラケラと笑った。
 ガタンガタン……タン……
 電車が通り過ぎると、良希の耳に、耳障りな女のうめき声が鳴り響いた。良希は笑うのをやめた。不快だった。
弱い女が泣き叫ぶ声が、不快だった。
「……もう黙れ」
 三度目に振り上げられた豪腕のスレッジハンマーが、女の頭部を打ち砕いた。桃色の内容物と鮮血が周囲に飛び散る。
 ――女は静かになった。
   
「うわあぁぁぁーーッ!」
 絶叫とともに、良希は布団から飛び起きた。
「や、やってしまったッ! また一人やってしまったッ!」
 良希は頭を抱え、狂ったように繰り返す。異常を感じ取った冴子はすぐさま座っていた椅子から跳ね上がって良希のもとへと駆け寄る。
「落ち着きなさい」
「や、やってしまったッ! またやってしまったッ!」
 良希の肩をつかみ、冴子は彼の虚ろな瞳をのぞき込む。
「どどどうしよう、どうしよう、またやってしまったッ!」
「落ち着きなさい」
 再び言いながら、冴子が良希の頬にビンタを見舞う。
 その直後、良希の視線が冴子の目をとらえた。が、その視線は再び逸れた。
「またやってしまった……またやってしまった……」
 冴子は再びビンタをかました。今度は手加減しなかった。
 良希の視線がまたしても冴子の目をとらえた。良希の声は徐々につぶやきとなり、彼の目に光が戻ったのを冴子は見た。
 良希は、自分の目に映っていた人影が、養護教諭の姿であることに気づいた。
「……氷室先生?」
 冴子は頷いた。
 良希はあたりを見渡した。
 薬品の瓶がいくつも収まった棚、身長体重計、隣のベッドに投げ出された担架、応急手当の一式が置かれた事務机……。
 そして最後に消毒薬のニオイが鼻腔を刺激し、良希はここが岸崎高校の保健室であると認識した。
「俺は一体……」
「あなた、集会の最中に倒れたの」
 記憶を辿ってみる。
 徐々に思い出される今日の記憶。
「思い出した?」
「ええ……何となくですが。朝の怪我で貧血気味だったのかな。あれ、秋山も保健室に運ばれましたよね?」
 良希の質問に一瞬冴子は眉をひそめる。
「彼はヒドい錯乱状態だったから、すぐ病院に運ばれたわ」
「そうだったんですか」
 言いながら良希は立ち上がろうとした。冴子は彼の両肩を押さえてそれを制する。
「まだダメよ、安静にしてないと」
「でも……」
 冴子は鋭い目で良希を見つめた。仕方なく、良希はベッドへ背を預けることにした。
 安心したのか、冴子は自分の事務机のところに戻ると、さっき慌てて立ち上がった拍子に倒れたイスを起こして腰掛けた。
タイトスカートから伸びる白い脚が腿の部分で交差する。
 彼女はため息をひとつ漏らすと、良希に視線を戻した。
「──ところであなた、さっき、また一人やってしまったと言ったわね」
 高圧的ともとれる口調である。良希はベッドに預けた背を再び持ち上げることとなった。
「あれはどういうこと?」
 唐突に切り出されて、良希は目を泳がせる。
 何をどう話していいものか、そもそも氷室冴子という人物に話してもいいものか、彼は戸惑った。
 それに、自分自身でも何が起こっているのか判断がつかなかった。ついさっき見た夢も、現実なのだろうか?
 それとも、下条の一件で狼狽した心が映し出した単なる虚像なのだろうか……。
「あなた、下条さんの事件と何か関わりがあるの?」
 ずばり直球の質問だった。それが冴子が何か根拠や確信を持って言っていることなのか、
それとも集会という状況で倒れたことから導きだした突飛な発想なのか、良希には判断がつかなかった。
「なぜ、急にそんな……」
 良希は明らかにうろたえていた。
 冴子はただじっと、そんな彼の様子を見つめていた。
 ベッドの上で上体を起こしたままの姿勢で、良希は無意識に左手で右肘をさすった。
 彼はハッとなって右肘を見た。
 ――キレイな肘だった。
 彼は目を疑った。
 あり得ないことだった。
 右肘は姫宮しずくとのニアミス事故で、出血していたはずだからである。
 彼はまじまじと右肘を見つめた。
 ――やはり、かさぶたひとつ無い、キレイな肘だった。
 複雑な色を浮かべた瞳を、養護教諭に向けた。彼女は眉をひそめた。
 良希は毛布をはねのけると、鏡の前に移動した。冴子が制止する間もなく、良希は額のガーゼを引きちぎるようにしてして外した。
「……ない」
 それは小さなつぶやきだった。
「傷が……無い」
 今度はハッキリと言葉にしてみる。
 彼は手で自分の額を触った。
 ――やはり、そこには何も無かった。
 彼は慌てて自分のポケットを探った。指が縁にレースの刺繍のある布地に触れた。彼はそれをポケットの中から引き出してみる。
 それは血に染まった姫宮しずくのハンカチだった。間違いなく血に染まっていた。
今朝、良希がアスファルトに額を擦りつけて負った傷から流れ出した血だ。
 その点については疑いようがなかった。
 様々な思考を巡らせ、良希は不思議な事を思い出した。
 今朝の良希の怪我を見たときの冴子の対応、そして、消毒液の塗布がいっさい苦痛を伴わなかったこと……。
 良希は引きはがしたガーゼの裏を見た。
 ――想像通り、そこには血がついていなかった。
 良希は振り返ると、冴子をキッと睨んだ。
 冴子はすでにイスから立ち上がっていた。
「どういう事だ?」
 言うが早いか、良希は冴子に飛びかかっていた。
 とっさのことに彼女は何も対応できず、床に倒れ込んだ。
「これはどういう事なんだ!」
 言いながら、良希は両手で冴子の首を締め付けていた。
 焦燥感を、暴力という形で表現していた。
 自分が何者なのか、今の彼には全く理解できなかった。
 ただ、焦りが彼を攻撃的衝動に駆り立てていた。
 冴子の苦悶の表情に、快感さえ覚えはじめたその時だった。
 ガラガラと勢いよく音を立てて保健室の入り口のドアが開いた。
「先生ッ!」
 ドアの向こうに立っていたのは、姫宮しずくだった。
 女の首を締め付けていた良希と、突然の訪問者姫宮しずくの視線が交わった。
「高峰センパイ?」
 驚嘆と困惑がしずくの顔を支配する。
 無理もない。氷室冴子に呼ばれて保健室まで来てみれば、中から激しい物音が聞こえ 、
開けたらそこでは朝出会った高峰良希が氷室冴子の首を締め付けているのである。
 この光景を見ても驚かない人間のほうがおかしい。
 だが、心が動いたのは良希も同じだった。
 姫宮の目を見たとたん、彼は手の力を緩めた。自分の身体の下で養護教諭が激しくむせ込んでいた。
 氷室冴子に馬乗りになり、首を絞めていたことに良希は今になってはじめて気づく。
 彼は自分の行為に戦慄を覚えた。
「うわあぁぁぁーーッ!」
 彼は絶叫した。
 姫宮しずくを突き飛ばし、彼は無我夢中で駆けだしていた。

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